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東京地方裁判所八王子支部 昭和62年(わ)976号 決定 1987年12月18日

少年 D・S(昭46.1.3生)

主文

本件を東京家庭裁判所に移送する。

理由

一  本件公訴事実は、

被告人は、かねてから実父であるD・O(昭和19年3月1日生)より、「学校に行かないなら家を出て行け。」などと言われ、同人に対し反感を抱いていたところ、昭和62年7月31日午後6時30分ころ、東京都多摩市○○×丁目×番地所在の都営○○団地×号棟××号室の自宅において、自己が愛読していた書籍などを同人が処分したことを知り激昂して、同人を殺害しようと決意し、同日午後7時20分ころ、右自宅において、同人に対し、殺意をもつて、所携の文化包丁で同人の胸部を1回強く突き刺し、よつて、同日午後9時2分ころ、同市○○×丁目×番地の×所在の○○病院において、同人を胸部剌切創により死亡させた

というものであつて、右の事実は当公判廷において取り調べた関係各証拠により認めることができる。

二  そこで、被告人の処遇について検討する。

1  まず、関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告人の生活歴、性格及び生育歴

被告人は会社員の父Oと母E子の長男(第2子)として出生し、発育は順調で、多摩市内の小・中学校を卒業後八王子市内の都立高校に進み、現在2年在学中である。前科前歴はもとよりさしたる非行歴もない。

知能は中程度であるが、幼いころから性格面で非社交的・内閉的傾向が強く、漫然その場の状況に身を任せるという生活態度に流れ、現在も、他者と主体的・積極的に関わつて自己を主張したり情緒交流を行なうということはなく、自己及びその将来について思いをめぐらすこともなく、自己の置かれた状況を分析・究明して積極的に対応するという内的姿勢も見られないのであつて、総じて年齢に不相応の幼稚未熟な精神発達段階に留まつているものと窺われる。被告人が心を通わすのはテレビとマンガ本・小説本だけであつたとする関係者の供述もある。

この点、被告人は、実父である被害者から愛情をもつて受容されたという体験がなく、物心ついてこの方姉と差別的に取り扱われてきたという意識を持ち、被害者に対し被抑圧・被拒否感を抱き続けて現在にいたつているが、その生育歴を辿るとそれは決して根拠のないことではないと認められるのであつて、被害者の幼時からの養育態度が被告人の健全な内面的成長を阻む一つの要因として作用したことは推認に難くない。

(二)  本件犯行の経緯など

本件は、英語の補習授業への出席問題を契機に、被害者から「家を出て行け」と叱責され、家を追い出されるのではないかとの不安を抱いていた被告人が、さらに自分が大切にしていたマンガ本、小説本を処分されたことから本当に家(自室)を追い出されてしまうと思い込み、逃げ場を失い追いつめられた意識の下で殺意を抱き、短絡的に本件公訴事実記載の犯行に及んだものである。もとより、結果は余りに重大であり、社会的な衝撃も無視できない。

(三)  被告人の年齢及び処遇意見

現在、被告人は16歳11月の年少少年(なお、犯行時は16歳6月、逆送時は16歳8月である。)であり、少年保護手続における処遇意見は、警察官及び検察官はいずれも刑事処分相当であつたが、鑑別所技官及び家庭裁判所調査官はいずれも中等少年院送致(長期処遇)が相当であるとしていた。

(四)  本件犯行後の情状など

被告人は、つたない表現ながら本件犯行に及んだことを反省し、被害者の親族らも被告人を宥恕してその更生を願い、公判期日には欠かさず傍聴に来るとともに、証人となり被告人の保護監督を誓つている。

2  大要右認定のとおりであつて、特に犯行の動機・態様、結果の重大性、社会に与えた影響等に着目すれば被告人の責任は極めて重大であると言わざるを得ず、刑事上の処遇をもつて臨むべしとすることにも理由はあるが、被告人は現在16歳11月の年少少年で、年齢に比し相当に幼稚な精神発達段階に留まつていること、そして被害者の被告人に対する出生時からの養育態度がこの点につき深く関わつていることは否定できず、しかもこの点が本件犯行の主たる原因と考えられること、また、本件自体は逃げ場を失つた被告人の激情に駆られての偶発的犯行であること、被告人にはいままで前科前歴はもとよりさしたる非行歴もないこと、被害者の親族らが被告人を宥恕しその更生を願つて保護監督体制を固めていること、鑑別所技官及び家庭裁判所調査官の各意見などを総合して考慮すると、被告人のように小児的な社会性未発達の少年に対しては、むしろ家庭裁判所において保護処分に付し、専門的・個別的な矯正教育を施し、もつてその更生を図ることが、より相当であると考えられる。

三  よつて、少年法55条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柴田孝夫 裁判官 高橋勝男 田島清茂)

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